第13回:【書評】佃克彦『名誉毀損の法律実務〔第3版〕』

1.はじめに

 筆者(松尾)も実務上、そして研究上の必要から多くの本を読むが、「名著」と言い切れるものは決して多くない。そうしたなかで、まぎれもなく「名著」といえるのが佃克彦『名誉毀損の法律実務』(以下「本書」という)である。今回、本書を取り上げるのは、本連載との親和性もさることながら、個人的な思い入れという部分も大きいことをお許しいただきたい。

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 拙著『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(勁草書房・2016年)を執筆した際には、当然ながらたくさんの関連文献を読んだが、インターネット上の名誉毀損対応の「実務」のみを詳述するものや、名誉毀損理論の高みを追及し裁判例とは乖離するもの等、インターネット上の名誉毀損に関する実体法の諸問題が裁判所でいまどのように判断されているかを追究するという同書の目的との関係では、あまり参考にならないものも多かった*1。そのような文献が多い中で、最も参考になったのが、本書であった。昭和から平成まで、長期間にわたる多くの裁判例を丹念に取り上げ、それらをわかりやすくまとめ、明快な分析がなされており、非常に役に立った。

 著者の佃克彦先生は、名誉毀損事件の代理人をはじめとする弁護士実務をされる傍ら、名誉毀損やプライバシー等に関する書籍を執筆されている*2。『プライバシー権・肖像権の法律実務〔第2版〕』(弘文堂・2010年)もまた、筆者(松尾)が『最新判例にみるインターネット上のプライバシー・個人情報保護の理論と実務』(勁草書房・2016年)を執筆した際に大いに参考にさせていただいた。

 このたび本書の第3版が公刊され、そこでは拙著を引用していただいたうえ、佃先生からは本書をご恵投いただくという光栄にあずかった。そこで僭越ながら以下、本書を簡単にレビューさせていただきたい。

2.もともとの良さはそのままに、大幅な改訂・増強

 本書の第2版は、マスコミによる名誉毀損のような従来型の名誉毀損に関しては、第3版が刊行された現在でも充分に通用する内容であった。しかし、すでに刊行から約8年が経過しており、この間に出たインターネット関係の裁判例が相当積み重なっていたことから、インターネット上の名誉毀損について補充する改訂が待望されていた*3

 第3版は653頁と、412頁であった第2版から大幅にページ数が増強されており、上記の第2版刊行後の8年間にほぼ相当する平成20年代の裁判例、特にインターネット関係を中心に大幅に補充されている。項目としてもスラップ訴訟(32頁以下)、ヘイトスピーチ(61頁以下)、誤報されない権利(142頁以下)、検索サイトと忘れられる権利(220頁以下)等といった、興味深い項目が追加されている。

 このような大幅な補充の中でも、本書の初版以来の特長である、「公刊裁判例」を中心に説得力のある記述を展開するという強みはそのまま残っている。というのも、最近の裁判例には、判例雑誌に公刊されるものと、そうではなく、データベースに公開されるだけのものの2種類がある。膨大な数に上る後者全てを一つひとつ拾って分析するのは手間がかかるうえに、(たとえば、会社に民事上の名誉感情侵害を認める裁判例など)間違った判断ないしは少数派の判断をしているものもある。そこで、これらを腑分けすることが必要になるわけであるが、それにはかなりの「力技」が必要になる。

 本書は、従前から、主に前者を中心とするとのスタンスを示しており、公刊過程での一定のセレクトを経ている上、佃先生のレビューもなされていることから安心して本書の指摘する裁判例の判旨を読むことができる。平成20年代の138件の裁判例のうち、公刊物未登載の裁判例が4件だけであることからも、このことは明らかであろう。

3.現状追認ではなく、深い私見を披露する

 本書が高い価値を持つのは、実務書でありながらも、決して現状追認におちいることなく、深い私見を披露しているところである。
 たとえば、実名報道について、本書は以下のように述べている。

私は、事件報道が有意義であるゆえんは、「その事件から社会が何を学ぶべきか」の情報を与えてくれる点にあるのだと思う。そのような事件が起きた原因(個人的要因及び社会的要因と言い換えてもよい)を究明してくれて初めて、事件報道は我われに役立つといえるのである。市井の人による犯罪の場合、「事件を起こしたのがどこの誰か」という程度の報道であれば、それは単に書かれた者をさらし者にする意味しかなく、我われにとってそのような情報は、酒の肴として雑談で消費する程度の意味しかないと思われる。つまり、事件報道の意義に照らせば、その事件を起こしたのがどこの誰か、被害者がどこの誰かは、本質的には全く必要とされていないと私は思う。
(本書255〜256頁)

  このように述べたうえで、犯人の氏名や被害者の氏名は公共の利害に関する事実とはいえないのではないかという法律構成を披露されるのである(本書256頁)。特に、現状で裁判実務が認めていない主張をする場合にどうすれば説得的主張になるか悩むことがあるが、本書の議論を活用することで、実務運用に一石を投じる助けになるのではないか。

 実務書には、現状追認的に、「裁判所はこういう立場である」「実務運用はこうである」等という状況を単に描写するにとどまるものも少なくないのであるが、本書はそのような領域にあきたらず、極めて興味深い私見を披露しており、学術的にも極めて価値が高く、この分野に興味を持つ人であれば、必ずや、この分野の現状がこのままでよいのかを改めて考えさせられるだろう。

4.おわりに

 裁判例を説得的にまとめるとともに、著者自身の私見も説得的に説明する本書は、実務における名誉毀損案件処理に際しての基本文献である。実務家の皆様が、パワーアップした本書を活用することで、実務での対応がレベルアップできることは請け合いである。

 今後ともこの名著が第4版、第5版と版を重ねていくことを期待したい。

(松尾剛行)

*1:これらの文献は別の目的との関係では役に立ちうるものであるが、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』との執筆との関係で参考にならなかったということにすぎない。

*2:執筆・刊行の経緯については、日本弁護士連合会若手法曹サポートセンター『弁護士の夢のカタチ』(アニモ出版・2012年)181頁が詳しい。

*3:このことは前述の拙著『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』の「はしがき」でも触れた。