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第9回:【書評】大内伸哉著『AI時代の働き方と法』

1.はじめに

 ロボットと労働法の間には深い関係がある。

 いわゆる産業用ロボットは数十年前から利用されてきているが、これまで労働法はロボットをどのように扱ってきたのだろうか。この点、労働安全衛生分野では、労働環境における「危険源」について労災防止等の観点からの規制がなされており、「危険の防止のための措置」「特別教育」等を施すことが求められている(労働安全衛生規則36条31号・150条の3・150条の4・150条の5・151条ほか)*1。そこでは、産業用「ロボット」も、労働環境における他の「危険源」(プレス機械、高圧設備、重機等)と、いわば同列に扱われているというわけである。

 しかし近時、これとはまったく違う、「新しい」ロボットと労働法の検討が始まっている。

 たとえばロボット研究開発原則*2が提案され、AI・ロボットが及ぼす影響・リスクとそれに対する法の対応等の研究が進んでいる。筆者も、このようないわゆる「ロボット法」研究の一環として労働分野で具体的にどのような課題が生じるかを検討している*3

 これとは方向性が異なるものの同様に重要なものが、労働法学者によるAI・ロボット時代における労働法・労働法学のあり方についての検討である。AI・ロボットの進化と産業界による活用は単なる労働安全衛生における新たな「危険源」の発生にとどまらず、労働法の様々な分野に重大な影響が及ぶとの認識のもと、労働法がそれにどのように応えていくべきか、既存の法律の解釈論だけではなく立法論・政策論も含めて検討する動きが出始めている。そして、今回紹介する大内伸哉『AI時代の働き方と法』(弘文堂、2017年。以下「本書」という)は、まさにこのような労働法学者による最新の研究成果である。

2.これまでの労働法を概観し、これからの労働法の姿を提言する一冊

 本書を一言で概括すれば、「これまでの労働法を概観し、AI・ロボット時代におけるこれからの労働法の姿を提言する一冊」といえるだろう。

 まず、本書は、現在に至るまでの労働法の発展を踏まえ、現在の労働法がどのような考え方に基づいた、どのような制度なのかを詳述する。非常に大雑把に要約すれば、労働法は従属労働論、すなわち労働法の役割を「使用者の下で経済的ないし人的に従属的に労務を提供する労働者を保護し、使用者との間での実質的平等を実現すること」にあるとする考え方(本書58頁)に基づき、大きな発展を遂げてきた。そのような前提のもと、日本においては「正社員」を中心として解雇等が厳しく制限される一方で比較的自由な配転が認められるといった法理が形成されてきた。

 このような労働法は、「労働者に求められる技術・能力が緩やかに変化する」時代にはきわめて有用であった。つまり、技術革新によって衰退部門と発達部門が生まれるたびに、衰退部門の労働者を発達部門に柔軟に配転し、社内で再教育を行って人員を再配置していくことで、技術の発達に対する企業の適応性が高まり、また(正社員である)従業員は自分が今従事している業務が技術発展により衰退部門となっても、社内配転のチャンスがあるので簡単には解雇されない(本書12頁、15頁、76〜77頁)。これまでの1980年代のME革命や1990年代のIT革命等によって現存する仕事のうち定型的なものが奪われたものの、その段階ではまだ非定型的業務を機械化することはできなかったので非定型的業務はむしろ増えており、上記の社内配転等での対応が可能となり、技術革新があってもそこまで顕著な雇用問題は生じなかった(本書14〜17頁)。

 しかし本書は、AI・ロボットによりホワイトカラーの業務が急速に奪われていく時代には、上記のような経験が必ずしも当てはまらないと説く。人工知能の発達は、当面は安泰と思われてきた非定型的業務について、作業の効率化を図るにとどまらず、その業務自体を人間の手から奪いつつあり(本書18頁)、最終的に残るのは、読み取りにくい郵便番号読み取りのような、いわば「機械の下働き」のような仕事と、人間の中でも一握りの人々しか行わない文脈理解、状況判断、モデルの構築、コミュニケーション能力等を駆使することではじめて達成できる仕事であろうという認識を示す(本書19頁)。AI・ロボットの発展の場合には、ME革命やIT革命等と異なり肝心の雇用があまり増えないので、再配置による対応は容易ではない(本書23頁)。

 このような状況において、労働法は大きな変容を求められるだろう。

 本書は、人材移動の実現、知的・創造的働き方の実現、自営的就労といった新しい働き方への対応のための様々な労働法・労働政策的提言を行っている。その内容としては、解雇法制の見直しや労働時間制改革といった、従前労働法学界で行われてきた議論がAI時代にはよりよく当てはまるという趣旨のものもある一方で、本書においては、そのような議論を超えた新たな提言も含まれている。特に、企業が社内のリソースの配置転換による対応を減らし、市場からリソースを調達する動きが広がると、労働法はこれまでの従属労働論にとらわれずに、民法のような対等な当事者間の関係を規律する法に近づいていくといった、労働法のあり方の大きな変容を示唆する部分(たとえば本書209〜210頁)は、大変興味深いものであった。

3.まとめ

 本書は必ずしも、AI・ロボットにより具体的にどのような仕事がどのように代替されていくのか等について詳述するものではない。むしろ、AI・ロボットの発展および産業界への適用を予想する最新の研究成果をふまえ、労働法は何であり、労働法がどう変わるべきかの検討の方に注力している。その意味では、本書については「AI・ロボット」の本というよりも、あくまで「労働法」の本であるという理解が正しい。

 しかし、十年スパンで見れば、AI・ロボットが労働分野に大きなインパクトを与えること自体はほぼ間違いないだろう。このような状況のもと、「ロボット法」の研究者による検討と労働法学者による検討の双方が不可欠であり、また、それぞれの研究成果を踏まえた対話が行われることが望ましい。しかも、本書はあえて「2035年」*4の労働法を扱っており、過度にSF的ではない、地に足の着いた労働法・労働政策論を展開している。そこで、労働法に興味がある人はもちろん、ロボット法に興味がある人にとっても本書を読む価値は大きいだろう。

(松尾剛行)

*1:近年では、産業用ロボットを安全柵の中に置くのではなく、労働者とロボットが作業空間を共有し、共存、協調作業を行うことの必要性が高まり、規制緩和を行う通達等も出されている(平成 25年12月24日付基発1224第2号通達ほか)。

*2:AIネットワーク化検討会議報告書2016「AIネットワーク化の影響とリスク―智連社会(WINSウインズ)の実現に向けた課題―」(http://www.soumu.go.jp/main_content/000425289.pdf)は、透明性の原則、利用者支援の原則、制御可能性の原則、セキュリティ確保の原則、安全保護の原則、プライバシー保護の原則、倫理の原則およびアカウンタビリティの原則を挙げている。

*3:松尾剛行「変わりつつある労働法における「ロボット」の位置づけ」(https://wirelesswire.jp/2016/01/49117/

*4:すなわち、いわゆる「シンギュラリティ」が起こるとされる2045年の10年前である。