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第6回:【書評】横田明美著『義務付け訴訟の機能』

 行政機関が保有する自らの個人情報や、それ以外の文書の開示・公開を求める場合、有効な訴訟類型に義務付け訴訟がある。すなわち、行政機関が非開示等を決定した場合に、単にそれを取消訴訟で取り消すだけではなく、義務付け訴訟を利用すれば、直接当該個人情報や文書の開示を裁判所に命じてもらえるのである。
 このように、義務付け訴訟は個人情報との関係でも決して浅くない関係があるところ、横田明美著『義務付け訴訟の機能』(弘文堂・2017年1月下旬刊)は、行政訴訟に携わる実務家にとって必携書である。

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 本書は、平成16年行訴法改正前は義務付け訴訟が事実上存在しなかったために取消訴訟は過分な役割(機能)を背負わされていたという問題意識から、平成16年行訴法改正後の義務付け訴訟の機能を、取消訴訟との関係で考察する注目の書である。
 本書の学術的な意義については、行政法研究者の評価に委ねるべきであることから、実務家の1人として、本書評では実務家にとっての意義のみに限定した紹介を行いたい。これから述べていく通り、実務家との関係では、①義務付け訴訟と取消訴訟の選択、②義務付け訴訟の請求の趣旨、③時間の経過による事実・法律の変化について実務的にも大きな示唆を与えるという意味で、必携書である。それでは、それぞれのポイントについて詳しく紹介していこう。

 

1.義務付け訴訟と取消訴訟の選択

 特に申請型義務付け訴訟の事案においては、すでに行政処分がなされていることから、取消訴訟だけを提起することも考えられる。そこで、どのような場合に義務付け訴訟と取消訴訟を併合提起するのが適切で、どのような場合には取消訴訟のみを提起するかは、実務的に非常に重要な問題である。

 本書は、基本的には、義務付け訴訟と取消訴訟の間に大きな垣根はなく、2つの違いは程度問題(グラデーション関係)であると考えている。このような考え方をとれば、取消訴訟を提起しても、義務付け訴訟を提起しても、そこまで大きな制度的相違が生じないことになる。
 それでも、1つでも違法事由があればその段階で取消判決が出せる取消訴訟と異なり、一定の処分を義務付ける判決を出すためには、当該行政処分に関するすべての要件が満たされている事を確認する必要がある。そこで、大きな方向性としては、当該処分に関係する者が原告のみであり、その原告が自己に対する処分に違法があったことを早期に確定してほしいという希望がある場合には取消訴訟のみを提起することが適切となろう。他方、訴訟外の紛争構造に目を向けたときに、原告以外にも同様の立場の人がいるなど裁判所がすべての要件を審理し、法解釈(行政処分の際に依るべき基準)を明らかにすればそのような他の同様の立場の人にも役に立つという場合には、義務付け訴訟を提起するべきである、といった実務的示唆が得られる。
 そして、このような相違に鑑み、義務付け訴訟の審理、特にどのような事案で単独取消判決を下して早期に一応の決着をつけるべきかの判断においては、義務付け訴訟を選択するという原告の処分権・意思を尊重するべきであると論じる。

 

2.義務付け訴訟の請求の趣旨

 取消訴訟であれば、単にすでになされた特定の行政処分の取消しを求めるという請求の趣旨を立てればよいだけであり、ある意味簡単である。これに対し、義務付け訴訟を提起する際には、具体的に行政庁に対し何を義務付けるのかを明示し、それを請求の趣旨として立てなければならない。そしてそれは「一定の処分」といえるほど明確でなければならず、さもなくば不適法却下される。

この問題は、一見「発令を求める行政処分を明示すればよいだけの話ではないか」とも思われるかもしれない。
 しかし、たとえば在留特別許可の義務付けを求める際に、多くの場合原告の気持ちは「とにかく何でもいいから、日本にいられるようにしてくれ」ということではなかろうか。在留資格や在留期間について、もちろん、永住者として無期限の在留許可がとれればベストではあろうが、あまりにも「高望み」しすぎて、そこまでの要件は満たされていないとして請求棄却になっても困る。似たような状況は、保育所の入所決定の義務付けを求める場合においても、原告の気持ちは「早く会社に復帰したいので、どこかの保育所に入れるようにして欲しい」というものであって、要件を満たす近隣の保育所であればどこでもよい、というものではなかろうか。しかし、だからといって、複数の保育所に対する入所許可をするのはいかにもおかしい。そこで、複数の保育所について選択的に入所許可の発令を求め、裁判所又は行政において適切な保育所を選んでもらうというような「幅」のある請求の趣旨にしたい場合だってあるだろう。そこで、どの程度の粒度のものであれば「一定の処分」として請求の趣旨が特定されているといえるかが問題となる。
 本書は、附款等までを含めれば、行政のなすべき処分を100%定めるという意味での「完全義務付け判決」は実務上存在しえないと論じる。程度は様々であるにせよ、義務付け判決後に再度行政過程で審理・判断を行い、裁判所が決定しえなかった部分を決定する必要がある。そして、このような行政と司法の協働という観点からは、「一定の処分」を柔軟に解釈し、少なくとも提訴時点においてはかなり抽象的な処分を求める請求の趣旨も適法であると論じる。これは、特に原告側代理人にとって、おおいに参考になる議論であろう。

 

3.時間の経過による事実・法律の変化

 行政処分時点から判決時点まで、年単位の時間経過が生じることが多い以上、事実や法律がその間に変動する。そこで、違法化(処分時適法→判決時違法)や適法化(処分時違法→判決時適法)の事案が生じる。

 これまで、通説的に言えば、行政がなした判断の違法適法を判断する取消訴訟は処分時を基準時とし、給付訴訟である義務付け訴訟は事実審の口頭弁論終結時(判決時)を基準時とするとされていた。そこで、たとえば違法化の事案では、取消訴訟の勝訴要件が満たされないので義務付け判決が下せないといった実務的問題が生じうる。
 本書は、時間の経過による事実状態・法状態の変動という問題を重視し、かなりのページを割いてこの問題について論じている。確かに、本書の結論は、ドイツ法の研究から得られた示唆を踏まえ、そもそも基準時を取消訴訟と義務付け訴訟で異にすることがおかしいのであって、取消訴訟でも義務付け訴訟でもいずれも基準時は実体法の解釈から導くべきであるというものであり、このようなドイツ法的な実体法を基準とした基準時の解釈は、現在の裁判実務で受け入れられているものではない。
 しかし、違法化や適法化の問題に対処すべき実務家として、たとえば本書が詳細に説明する在留特別許可に関するペルー人事件等を参考に、「処分時においてこのような状況であったという事情が事後的に明らかになった以上処分時当時の事情として考慮すべき」と主張するなど、本書の時間の経過事実状態・法状態の変動論は、裁判実務においても利用可能な部分が少なくないように思われる。


 平成16年行訴法改正後も、義務付け訴訟制度は決して頻繁に利用されているわけではないが、その理由の1つとしては、実務家が「義務付け訴訟を提起するメリットがよくわからない」と思っていることがあるのではなかろうか。本書の登場により、実務家が、義務付け訴訟を提起することはどういう意味があるのかを知ることで、今後ますます義務付け訴訟制度の利用が活性化されることを望むところである。

(松尾剛行)